随分前の投稿を更新しそびれていました(^_^;)2014年4月の投稿です。
ご無沙汰しています。かぴこです。 花粉症も少し落ち着いてきて、桜の花が咲きそうなことに気づきました。 みゅらりっぷ会場のある太田市も、川沿いに桜並木があり、毎年「桜まつり」開催されています。 4月の患者会の時期などは、桜も見頃なのではないでしょうか?是非ご一緒にいいかがですか~?(^^)
話は変わりますが、先日私の母が何かの勉強会に参加し、ある問題を出されました。-「『ありがとう』の反対言葉は何んでしょうか?」 母もわからなかったようなのですが、「何かわかる?わからないでしょう!」と自慢げに言い寄ってくるので、正直少しイラッっとしました。私が「わからない」というと、待ってましたのごとく「答えは『当たり前』だよ!何かしてもらって『当たり前』って思うのか、『ありがとう』って思うのか・・その違いは大きいよね~。」と私が答えを言えなかったことに満足したかのような笑顔で言い去っていきました。「ありがとうの反対が当たり前・・」なるほど・・とそのときは、あまり深くは考えませんでした。2-3日したときふと思い出し、「当たり前って思っちゃうこと多いな~。してもらって当たり前、あって当たり前、当たり前の生活・・」。などと考えていると、『当たり前の生活』ができなかった闘病生活を思い出しました。
入院し続けなくてはならなかった、抗がん剤を入れ続けなくてはならなかった、家族と暮らせなかった、未来を考えることができなかった、仕事できなかった、育児できなかった・・。
と考えていくと、反対言葉について妙にしっくりとくるところがありました。入院しなくていいこと、治療しなくていいこと、家にいていいこと、家族と暮らせること、仕事できること、育児できることは『ありがとうの生活』なんだ・・。また、『当たり前の生活』ができなかった闘病生活のときに、いろいろ方が私を支えてくれたから、乗り越えることができた。『当たり前の生活』ができなくなると、『ありがとうの生活』ができるようになるんだなと思いました。